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人間で言えば心にあたる音

人間で言えば心にあたる音

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 先にも述べましたように、これまで私は、テレビでも映像のほうが重要だと思って見ていました。しかし最近は、映像が付録で、音のほうがより重要であると知りました。

 その理由は人間の構造を参考にすると、わかりやすくなります。

 人間は心と体からできていますが、心は「見せろ」と言われても見せることはできません。愛の深い人でも、その人に本当に愛があるかどうかは、何か行動して愛を示してくれるまで理解するのは難しいでしょう。
それと同じように、音も、どんなに良い音楽CDがあり、音響システムがあっても、音が鳴るまでは、どんな音かわかりません。

 映像はその点、体と同じで、触ること見ることで確認することができますが、音は見ることもさわることもできません。それで、

  心   →  音楽  (見えず、さわれない)
  身体  →  映像  (見たり、さわったりできる)

 に対比できるのではないかと思っています。

 そうすると、人間にとって、心のほうが主体であり大切なものですから、マルチメディアに当てはめても、映像よりも音のほうが、人間にとって主体的で大切なものである、と言えるのではないでしょうか。

 心は、無限の空間である宇宙を行ったり来たり、大きくなったり小さくなったりもできるのに、体は1つ、ということに似ています。「音は心」という考えからすると、音だけを聴いて、無限小、無限大、無限過去、無限未来へと心を行き来させて考えることにより、無限のアイデアが出てくるのだと思います。

 そう考えてみますと、豊かな心の成長は、良い音をたくさん聴くことによって育つのではないかと推測ができます。田舎で育った心の豊かな人は、3世代の祖父母、父母、兄弟姉妹の声の音を聴き、そして、近所のたくさんのおばちゃん、おじちゃんや友達の声の音を聴いて成長しているので、豊かな心に育っているのではないでしょうか?

 今は核家族となり、幼児の頃、毎日のように聴けるのは、お母さんやお父さんの声なのです。そのお母さんも子供に声を掛けるのが面倒で、ビデオを聴かされながら育った子は、自閉症になる傾向が強く出てしまいます。
赤ちゃんの頃から、多くの人に囲まれながら、声を掛けられて育った子供と、お母さんとTV、ビデオだけで育った子供とでは、感性の違いは明らかだと思います。

 しかし、今からでもそういう感性を磨くことはできないでしょうか。感性や言葉など乳幼児期に身についてしまうものをある程度の年齢になってから、変えよう、あるいは身につけようとするのは、かなりの困難をともなうものです。ところが、デジ速を使えば、それを取り戻せる可能性があるのです。





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